とまみ のプロフィール

こんにちは。当ブログ「お墓になんと刻む?」の執筆者・とまみ (@tomami_pp)です。

大阪生まれ大阪育ち、東京の大学(東大ではない)に入学して、就職して大阪に戻ってきた所存です。

初めてこのブログを見てくださった方、とってもとってもありがとうございます。

5分で読み終わりますので、ぜひ読んで頂けると嬉しいです。

とまみ ってどんな人?

巷ではサイボーグと呼ばれている。

とにかく熱い女。一番手強いモグラ叩き見たいな人間だ。

とても真面目(自分で言うな)全然面白くもなんともなく常にガチトーク、思ってることしか話さない、

と言うより話せない。

今の自分を作ったのは「陸上競技」だった

※写真は大学の最終学年の春の大会で最優秀選手に選ばれた時の鬼監督との写真。

中学校の時に陸上部に入部。

そんなに足速いわけではなかったが、走るだけならできそう!という理由で入部。

思ってたよりしんどくてやめそうになるけど、優しい先輩に恵まれてなんとか1年続いた。

中2から記録がグーンと伸びて、高校は特待生として推薦入学となる。

中学校の時にクッッソ強いメンタルが備わった話

陸上部以外に入りたくなくて陸上部を選んだもの小学校時に仲良しだった友達は、

みんなテニス部やバスケ部などの部活に入部した。

球技のうちのほとんどを小学校までで経験して上手くならなかった経験からどうしても球技部に入りたくなかった私は他の小学校からきた足が速いという噂のYちゃんに手紙を書いた。

 

「初めまして!とまみ と言います。一緒に陸上部に入りませんか?」

次の休み時間には手紙が返ってきて、

「私も入りたいと思ってた!仲良い子がみんなバレー部なので、一人だったらバレー部にしようと思ったけど、体験入部に一緒に行こう!」

と言うわけで、その日にはもう陸上部に顔を出しに行き、即入部した。

2人三脚で頑張ってた友人とは中学2の10月で、私は100メートルハードルで、友人は走り幅跳びで大阪チャンピオンになり二人で大阪代表を勝ち取った。

最後の1年で絶対日本一を取ろうと意気込んでいた矢先にシーズン最後の大会後、友人が号泣していて、

そんな泣く??と思いながらスルーしてたけど、次の日にその涙の理由がわかった。

唯一の大親友の急な転校

すっごく急で誰も予想をしていなかった。

親友はとても天才肌だった。頭も良くスポーツもできてビジュアルもめっちゃ良くて、どこへ行っても第一印象はとてもよかった。

ただ、その反面自分より劣っている人をかなり見下す癖があり、かなりいろんな人から反感を買っていたのだ。

それがきっかけで不登校になっていた。(部活の時間になったら学校にくる感じ)

すっっっごい泣いたしとっても悲しかったけど、受け入れるしかなかった。

低レベルの男子生徒からの悪あがき

私の中学校はそこそこ強い中学だったが私の学年に関してはかなりレベルが低かった。

私と親友だけがずっと脚光を浴びてきていた。

顧問にはもちろん引っ張り上げられるし、校内でも朝礼で毎回表彰された。

それを目の当たりにしてる同学年の男子たちは親友が転校したあと、私への態度が急変した。

いわゆるひがみってやつだと思う。

壁に悪口を書く・一回朝練をやらなかっただけで学年全体に言いふしたり、

とにかくちょっとした行動を全て話題にした。

この時に思ったことは、

こいつらの行動や言動と私の競技結果には一切関係がないと言うこと

気づけば私は陸上で結果を出すためだけに学校に通った。

あまりにも学校が辛く修学旅行も行かずに練習をした。

超強豪校に入学・上下関係の最大限を見た高校時代

 

入学早々問題が怒りまくった・・

中学校の卒業後の春休みに高校に練習をしに行った。

同期が初めて顔を合わせて練習って感じだったけど、その中で中学時代の実績が

最も良かったこともありかなり優遇されての入学だったため、今思えばとても天狗だった。

ライバルは敵だと思っていたし目立ってなんぼだと思ってたのでとにかくかなり尖ってたと思う。

自分のせいだけど

  • 知らない人からの着信。出るとお前しね!だけ言われて切られるw
  • 試合後には非通知で不在着信
  • 2チャンネルで叩かれる

などを高校1年で経験する。

今となっては全ていい思い出だと心から思っている。

想定以上の鬼の上下関係

スポーツの強豪校ってそんなもんなんですよ。本当に色々ルールがあったりで、

理不尽なこともたくさんあったけど、全てやる理由

絶対この人たちを抜かしてやるぞ!と逆に燃えたので、

私にとってはすごい原動力だったけど、同期の中にはきつくてやめていく人もいた。

ここで環境や状況に左右されずに、自分の目標に向かって全うする大切さを学ぶ。

私にとってその時に必要だったのは、監督、両親、応援してくれる人、切磋琢磨して頑張れる2〜3人の同期だけでそれ以外はとにかく一切気にしないことにした。

ここで周りの目を気にしない強さが身についたと思う。

 

結局勝てなかったインターハイ

兎に角日本一!だけをみて練習してきた。

大会前の全国ランキングを1位で乗り込んだはいいが、結果3位に終わり、

結局「インターハイ優勝」という称号はとれなかった。

これが大学でも陸上を続けることにしたきっかけである。

この直後は廃人のようになって、3泊4日の合宿ではみんなが練習してる中ずっと部屋にこもって誰とも話さなかったのを覚えている。

そんな暴れ馬な私を本当に上手に手のひらで転がしてくれた監督にとっても感謝している。

大学は名門・中央大学へ

寮生活で陸上漬けの4年間決め込む

・門限22時

・バイト禁止(やる時間ない)

・一部屋に4人部屋(2段ベット2つで1学年1人ずつw)

文字にすると全く身動きとれてないけど、全国トップレベルの基準が知れてとても良かった。

悔しすぎる大学4年目のインターカレッジ

大会ってたくさんあるんですね。基本的に陸上って個人競技なので、

個人で勝つことすごく大事なのですが、唯一インターカレッジといって、

チームの総合点数を競う大会があるんですよ。

ほとんどの人はインカレ(9月)か、日本選手権(オリンピック予選)に照準を合わせます。

日本選手権ではまさかの準優勝であと一歩と言うところでオリンピック出場ならず。

そして9月のインカレでは400m、100mH、4×400mと400mHに出場し、最終日に400m以外が固まったこともあり酸欠で医務室に運ばれて準優勝という形で終わった。

10年間の集大成だったけど、もう全て水の泡になった気になった。

大阪から応援に来てくれてた両親・親戚・高校時代の顧問に頭が上がらなかった。

過去は変えられない

受け入れられないけど受け入れるしかない。

インカレや日本選手権が全てではないし、記録的にはその年の全国1位で大阪記録も樹立した。(今も残っている)

けど、まったく満足できなかった。全然満足できなかった。

関連:大学4年で学生歴代3位、大阪記録、オリンピック候補まで上がったのに引退した3つの理由

だからこそ陸上業界だけではなく人生ベースで何か残したい!!!

陸上を通して自分の力を120%やりきる気持ち良さを体感してしまった

自己新記録が出た時に、めちゃめちゃあのしんどいドエスな練習を乗り越えられるだけの快感を共に味わう体験をした。

これってたまたま私が陸上で味わっただけで、全く違う分野でも言える事だし、再現できる事だと思っている。

あの時の借りをちゃんと自分が死ぬまでに自分が返すと決めてるので、とにかくガチンコで打ち込めるものに出会うまで動き続けるのみだと思ってる。

その気持ちよさは、前の会社の社長曰く、「モルヒネ」の4倍くらいに当たるそうだ。

一度味わったのでもう中毒になっている。あの時の快感、もう一度だし、目標決めて、それに向かって120%以上出し切って脚光浴びるって最高だよ!!!を伝えていきたい。

 

目標を決めて達成するためのプロセスそのものが超面白い事に引退して気づいた

10年間走り続けて来たのでずっと気づかなかったというか、むしろ追われてて辛い・・・と思うことすらあったけど、

引退して会社員になって平凡な日々が私には辛すぎた。

お金も当時に比べたらあるし、時間ももともとがほぼ休みなしだったので(あっても治療行くか寝るか、休息するかw)仕事終わりとか休みの日の過ごし方にすごい悩んだし、どう過ごすのが効果的なのかずっと考えた。

興味がありそうな資格の資料請求をしてみたり、かっこいいっていう理由で司法書士の勉強はじめたり、

行き当たりばったりだったが、何か違うな〜と思いながらずっと過ごしてた。

何もしないなら時間をお金に変えてやろうと、仕事終わりにコンビニでアルバイトしたり手作りアクセサリーをネット販売したりもしたが、しっくり来ない。

そこで気づいたことは、

目標があるって打ち込むものがあるってとても幸せなことだったんだということ。

会社の目標ではなくちゃんと自分が達成したい目標があることの楽しさをここで知った。

それもこのブログを通して伝えていきたいことの一つである。

終わりに

あなたはお墓になんと刻む?

このブログのタイトルにある「お墓になんと刻む?」ですが、

例えば、野球でプロになる!とかメジャーにいく!とかって達成すると過去になるんですよね。

イチローさんは、野球を通して世の中の子供たちに夢を与え続けることが目的だそうです。

終わりがない。

だからずっと野球で結果を出し続けられいます。

海外ではお墓に「◯◯な者、ここに眠る・・」と刻まれるそうです。日本にはそのような文化はありませんが、とても素敵だと思いまして。

私は自分の経験や体験を通して何を目的として行動していこうかな!と考えた時に、

私は「出会った人に影響を与え続けた者、ここに眠る・・」と刻まれたいなと思ってます。

出会ったからにはそれぞれがそれぞれの目標に向かって前進してほしい!原動力になりたいと思ってます。